地球が終わらなかった夜

世紀末星は降らず

肯定と救いの舞台『PICK⭐︎3』

 

180cmオーバーの成人男性による小学6年生役……!?未知だ……

 ついでに言えば出演者4人という規模感の舞台も、舞台俳優を本業とされている方が不在の舞台も、川尻さんが脚本演出を担当される舞台も未知であった。(観ている舞台の幅が異常に狭いオタク)

出演者のブログや公演案内によると、とりあえず「コメディ」らしい、そして「担任の先生が亡くなる」らしい。………担任の先生が亡くなるのにコメディなの!?……未知だ………

 こんな具合に、未知の多さに期待と若干の不安や猜疑心を抱きつつシアターミクサへと向かったのだが、観劇中はダバダバに泣いていた。2コマ漫画かよ。
涙脆い自信はある方だ。開演前に劇場で流れる「帰りたいな 帰りたいな 君といたあの頃へ*1」というフレーズが繰り返される曲に、なんとも言えずノスタルジーが掻き立てられ、何も観ていないにも関わらず既に泣きたくなっていたくらいには涙腺が弱い。
が、それを差し引いても、『PICK☆3』は心の柔らかいところに、じんわりと沁み入る大変に良い舞台だったと感じた。
嘘偽りなくコメディ。だが、コメディだけでは終わらない。ドライで軽やかな筆致で、誰しもが味わったことのある苦さを描く脚本の奥行きと手腕が見事だった。
 笑いながら泣き、泣きながら笑い、最後はショコラ横山にただただ泣いた。観劇後しばらくは「PICK☆3、さいこう……」以外の言葉を発せぬ人間となった。PICK☆3は最高。

ということで以下、舞台『PICK☆3』の感想です。
※大体ポーちゃん及びショコラ横山氏の定点をしていたため、情報量に偏りがあります。
※現時点では配信映像や円盤などが販売されていないため、私のあやふやな記憶のみに準拠して書かれており、情報が不確かです。

 

あらすじ

 舞台の始まりは海青さん演じるアッチョの部屋。
フィギュアを購入したり筋トレをしたりと日常を過ごすアッチョの元へ、小学校の頃の同級生・タマちゃんとポーの2人が訪れる。
予期せぬ来訪者に驚くアッチョだが、更に彼を驚かせる出来事が。なんと2人が持ってきたのは6年生の時の担任の先生"タクセン"が亡くなったという報せだったのだ。
 葬儀に行きそびれたアッチョのためにも、タクセンに最後の別れを告げようと、3人は小学校へと向かう。
懐かしい校舎の中、思い出話に花を咲かせる3人。
しかし、楽しかったあの頃とは違い、大人になった彼らはそれぞれに上手くいかない現状を抱えていて──

 

否定されない世界

 3人の抱えている事情として、まずタマちゃんには上司と反りが合わないという悩みがある。大手企業に入ったものの、威圧的で話を聞いてくれない上司に疲弊していくタマちゃん。彼は持ち味である革新的なアイデアを封じ、言われたことだけを黙々とこなすようになる。
 ポーはアーティストになるという夢を叶え、事務所に所属するところまでは達成したが、事務所の売り方と自分のやりたい事が噛み合わない。心を殺して歌ったところで売れることもなく、鬱屈とした思いを抱えている。
そうして、タマちゃんとポーの2人は、否定されることを恐れ、自分を抑えて生きていくことを選んだ。
 対するアッチョは、大学の友人にアニメオタクであることやフィギュアで遊ぶ趣味を「気持ち悪い」と言われたことがきっかけで引きこもりになってしまう。
自分の趣味を否定されることに怯え「好きなものを好きと言っても否定されない」「半径200メートル」の世界に閉じこもった。
アッチョは自室で布団にくるまりながら「間違ってることは分かってるんだよ!」と叫ぶ。アッチョの作り上げた誰にも否定されないはずの世界は、他ならぬアッチョ自身が自分を否定してしまう世界でもあった。
そんな彼を見て、ポーとタマちゃんは「(世界が)狭すぎるよ!」「なんであんな狭い部屋に一人でいるんだよ!」と言う。だが、私には、アッチョの立っている場所はタマちゃんとポーの延長線上にあるように見えた。
タマちゃんもポーも、否定されることを恐れ、本音を隠して生きているが、誰にも否定されなくなったところで自分で自分を否定することがやめられない。そうした意味では、本質的にアッチョと同じだ。
好きなものを心のショーケースから出したい、というアッチョの言葉に、タマちゃんとポーが黙り込んでしまうのも、2人とも心のどこかではアッチョの思いに共感しているからではないだろうか。

 

ドラマチックでは無いという救い

 本作は「担任の先生の死」というなかなかにセンセーショナルな出来事が軸となった物語である。しかしながら、「死」という単語から想起されるようなドラマチックな出来事は起こらない。3人がタクセンを偲んで涙を流したり、「なんで死んじゃったんだよ!」と号哭するような場面はなく、基本的には「タクセン死んじゃったんだ〜……」くらいのゆるっとした空気に包まれている。その空気感の中、3人がゆるっと思い出話をし、時たま口論にはなるが、すぐに仲良くまとまり、また思い出話をする……といったやり取りが続いていく。
 こうした非ドラマチックとでも言うような要素は3人のキャラクター造形にも及ぶ。
小学生だった頃の彼らはいわゆる問題児である。授業?朝礼?には遅刻。給食を盗み、住居に侵入し、公園にゴミの山を作る。
彼らがこのような問題行動に走る理由だが、3人の家庭環境が複雑で満たされない思いを抱えており……とかではない。全くない。
単純に"楽しい"を突き詰めただけの行動であり、そこに誰かを困らせようだとか、何かを主張しようという意図は存在しない。
テンプレートな不良らしい言動も見られず、ちょっと思慮に欠けるだけ(それも小学生という年齢の範疇かなと思う)の、無邪気で素直で純真な子供たちなのだ。
 成長した彼らにも非ドラマチックは受け継がれる。
大人になった3人に共通して言えるのは、苦しさを抱えてはいるが、生活に困るほどではない、という点だ。
大手企業のタマちゃんはもちろん、アッチョも趣味に使うお金があったり、親から働くことを要求されている様子が見えないなど、金銭的に困窮してはいなさそうである。
ポーの暮らしぶりは作中では描かれていないのだが、マネージャーの「田舎に行けば人気になれますよ」という趣旨の言葉から、売れてはいないがまだアーティストとしてご飯を食べていける道があることが伺える。
要するに3人は切迫した大規模の不幸や悲劇の中を喘ぎながら生きる人間では無いのだ。だから観客の心に刺さる。
 何か大きな出来事があったわけではない。不満も本音も飲み込んで、上手くやり過ごせばそれなりに生きていける。生きていけるけれど、それでも少し息苦しい。これは多くの人が身に覚えのある感情ではないだろうか。
ドラマチックで劇的な事を描かず、ささやかな、ありふれた感情を描くからこそ、共感出来る。共感することで救われる、そういう舞台なのだと感じた。


肯定の物語

個人的に『PICK☆3』を鑑賞していて1番感じたメッセージは肯定である。

 アッチョの引きこもりの理由や、ショコラ横山の『ポメラニアン音頭』、『大根おろしディスコ』は恐らく8割9割ギャグとして設定されており、該当場面では舞台上の人間も客も笑う。だが、当事者以外から見ればギャグであってもアッチョとポーにとってはそうでは無い。
本作では傍から見たら「なんだそんなことか」と思えるような笑い事が、当人にとっては鮮明な痛みを伴った傷口であると描かれ、そう演じられている。
これに類似した描写は他の場面でも見られる。

タマちゃん「アッチョのお宝の価値って俺らにはよくわかんなくてさ」
ポー「いいと思うよ、アッチョのお宝の価値は、アッチョだけがわかればいいんだ」

傍から見れば大したことが無いとしても痛みを感じていい。反対に他人から見ればガラクタでも、自分にとって大切なら宝物でいいのだと、3人の姿を通して伝えてくれる。

 あの頃のタクセンから、未来の3人に向けた手紙も非常に象徴的である。
だいぶうろ覚えだが、手紙には「夢は持ち続けてもいい、変わってもいいし、忘れちゃってもいい」「今生きてることが大切」といった内容が記されていた。私は小学生の頃の夢なんか当然全く叶えられなかった部類の人間であるため、この言葉の優しさにめちゃくちゃに泣いたのだが、それはさておき大変に懐の深い手紙である。
 また、タクセンの台詞でもうひとつ。「普通に生きるってことが1番難しいのかもな」という言葉も印象深かった。
普通に生きることの難しさについてはアッチョからも言及されている。虚栄を取り去った本当の近況報告の後、アッチョは「普通に働いて普通に生きるってそんなに簡単じゃない」と言う。
 夢追い人を応援し、肯定する作品は数多くある。だがこの作品は夢追い人はもちろん、夢破れた人、破れたという程でもなく日々の中で緩やかに夢を手放した人、そして夢の事を忘れて普通に生きている人まで全てをひっくるめて肯定している。
平日の夜に見るにはちょっとあらゆる部位に刺さりすぎる作品なんですよね(平日夜のチケットしか取ってなかった人)

 


ドアを開けた先に

 アッチョが就職に成功したのか、それともまだ就職活動中なのか、明確な答えは出ていない。ショコラ横山の3rdシングル『PICK☆3』も売れたのか、そもそもリリース出来たのかすら我々には分からない。もしかしたら社長にすげなく突き返され、ポーはアーティストを辞めて地元に帰ったのかもしれない。
タマちゃんだって企画が通ったのか、上司との関係が改善されたのかわからない。それでもそれでいいのだ。大切なのはそこでは無い。
『PICK☆3』はハッピーエンドの物語だ。それ自体は終盤の3人の晴れやかな表情からも明らかである。

 では、何が『PICK⭐︎3』をハッピーエンドたらしめているのか。私個人としては、引きこもりだったアッチョが社会に出られたからハッピーエンドなのだ、とは思っていない。アッチョが『魔法プリンセスめぐめぐシャイン』を好きでいる自分を胸を張って開示出来るようになったから、この作品はハッピーエンドなのだと感じている。
本当の自分を隠して生きてきた3人が「心のショーケース 」からようやく自分を、自分の好きを外に出せたことにこそ意義があるのだ。
舞台はアッチョが「行ってきまーす!」と玄関のドアを開ける音で幕を下ろす。この音がアッチョ、タマちゃん、ポーの3人の心のショーケースを開けた音のようにも聞こえた。

 

キャストごとの所感

アッチョ/海青さん

演技が上手い
冒頭の数分間の海青さん1人の長台詞、掴みの時点で「もうこの舞台は大丈夫だ……!」というとんでもない安心感がありました
アッチョが海青さんの筋肉という魅力は捨てずに、マッチョイズム的な要素を感じさせない、むしろ積極的に弱さを吐露するようなキャラクターだったのが個人的にすごく好きです
あの高身長と体格でしっかり小学生に見えるのなんなんですかね、魔法???
あとアッチョがブチギレ〜!?みたいな場面で和やかな雰囲気から一気に緊迫感溢れる空間に変える場の支配力が途轍も無かった 見てて本当にドキドキしました
1回シリアスに振り切ったお役も拝見してみたい……
海青さんの舞台もっとください


タマちゃん/岩谷さん

演技が上手い
バーチャル内見最高すぎませんか?
ハイローでも思ってたんですが、コメディの間の取り方とかセリフの温度差の付け方が大変お上手で岩谷さんが喋る度にゲラゲラ笑ってました
「お母さんとか言うなよ〜」辺りのセリフが小学生特有イントネーション過ぎてめちゃくちゃ面白かった
アッチョと怒鳴り合うシーンのお芝居 怒りの表現がすごくリアルで好きでした
殺しても死なない岩谷さんが見られるのはPICK☆3だけ!!!(語弊)
岩谷さんの舞台もっとください


ポー/昂秀さん

演技が上手い
っていうかお歌すごくなかったですか!? ショコラ横山が星だよもう……ショコラ横山……推させて………
小学生仕草が異常に上手くて「小学校の時こういう子いたー!!!」と思いました
ハイローもETERNALも温かい所で育ったタイプではない役柄を演じてらっしゃったので、ぬくぬくぽやぽや育ったであろうポーちゃんを観られて大変Happy……
独白シーンの傷ついて不貞腐れたみたいな世を拗ねたみたいな演技がマジのマジで最高
昂秀さんの舞台もっとください


タクセン/大地さん

あまりにも先生
先生がハマり過ぎてたので前職学校の先生だったのかなと思って帰り道にWikipedia見ました(違った)
大地さんがいた事で舞台全体が締まっていたな〜と思いました
アドリブを仕掛けるのも対応するのも上手すぎるし何より面白すぎる
コメディシーンだけでなくしっとりした語りの場面も大人の哀愁と祈りの優しさが良くて良くて
タクセンがセットを片付ける場面、子供の楽しいキラキラした日々は大人の地味な努力によるものなんだよなぁ感があって好きです
タクセンの事ってアッチョもポーもタマちゃんも多分忘れてて小学校の時の担任の先生ってまあ確かに忘れちゃうよねーというリアルさと、それでも3人が再会出来たのも3人の人生がプラスの方向に転がり出すのもタクセンの存在があったからこそなんだろうなという絶妙な温度感も好き
掘り出しにくるかもわからないタイムカプセルに大人になった3人への祈りみたいな言葉を残してるの健気で涙止まらなくなる


その他

・セットの段ボールが見た目のインパクトだけでなくしっかり理由付けされていて良かった
・友達同士の脈絡なく話題が飛んでいく雑談の感じリアルだな〜
・マネージャーも上司も「普通に生きてる」人で悪役がいないの大好き
・人数が絞られている分『ETERNAL』より濃密にお芝居を浴びられて良かった

 

帰りたいな 帰りたいな 君(PICK☆3)といたあの頃へ

円盤発売本当にお願いします

*1:one cake size feathers-「Come back to the home」